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加齢性難聴(老人性難聴)とは
加齢性難聴とは、加齢に伴って特に言葉の音が聞こえにくくなるタイプの難聴です。いわゆる年をとって耳が遠くなる、「老人性難聴」として日頃からなじみのある病気です。
加齢性難聴では、両耳の高い周波数の音が聞こえにくくなる状態が緩やかに進行してきますが、しばしば言葉の聞き取りが困難になるため、コミュニケーションが難しくなり、社会参加に影響が出ることがあります。
聞き取ることに苦労するようになると、家庭やコミュニティでの孤立につながり、抑うつの原因になることがあります。最近の研究では、認知機能の低下につながることが報告されています。
加齢性難聴に対しては補聴器を使用することが多いですが、使いこなすことが難しかったり、早口の声が聞き取れなかったりなど、実際に使用する上では難しいところもあります。それでも適切な補聴器を使いながら、より良い聞こえを目指すことで健康寿命を延ばすことがお勧めです。
加齢性難聴の症状
加齢性難聴の特徴は、両側性(りょうそくせい:両耳が同じように障害されること)の高音域(高いピッチの音として自覚されるような音)の聴力が年齢の進行と共に緩やかに進行してくることが特徴とされます。
緩やかに進行してくるため、特に初期においては症状として自覚されにくいこともあります。このため、本人にはほとんど難聴の自覚が無いにもかかわらず「最近テレビの音が大きくなった」として同居する家族からの相談されることがあります。
高い音が特に聞きにくくなることは、①体温計や電子レンジの信号音など、電子音が聞きにくくなることがあります。また、②言葉の音の中でも、特に子音の聞き取りが困難になることがしばしば見うけられます。
この場合、例えば「いち」(位置)と、「きち」(基地)のように、母音が同じ別な言葉に聞き間違えることがあります。こうした場合には「音は聞こえるけれど何を言っているのか分からない」あるいは「聞き間違いが多い」という症状として自覚されることがあります。
また、こうした症状はしばしば耳鳴りを伴って自覚されることがあります。難聴によって音の刺激が脳に伝わりにくくなると、耳鳴りに対する感受性が上がることで耳鳴りを自覚しやすくなります。
耳鳴りはしばしば不安感や怒りなどの情緒的反応を引き起こし、また集中しにくい感じの原因となりえます。周辺の環境からの音刺激が途絶えると、こうした耳鳴りが際立つように感じられるため、特に夜間、入眠時に耳鳴りが気になって眠りにくい、という症状を自覚することがあります。
このような「小さい音が聞こえにくくなる」ことの他にも、音を頭の中で処理するしくみ自体が加齢による影響を受けます。実際に生活で音を聞き取って使うときには、周囲の雑音の中から聞きたい音だけを選択して、聞き取った言葉を理解し、その内容を記憶してはじめてコミュニケーションに用いることができます。
特に加齢に伴って①相手が話す速度についていきにくくなる、②騒音の影響を受けると、より言葉の聞き取りが悪化する、等のように、音を聞き取る脳内のしくみである「聴覚情報処理」に関わる症状もしばしば自覚されるようになります。実は聴力が正常な場合でも、加齢の影響を受けて言葉の聞き取りが悪化することについてはすでに多数の報告があります。
加齢性難聴の診療科目・検査方法
まず、加齢性難聴の診断のためには、高齢の方で合併しやすい他の難聴の原因を確認するために、耳鏡検査やティンパノメトリを行うことがあります。
特に高齢者で、逆流性食道炎を伴う場合などでは「滲出性中耳炎」をきたす場合や、施設入所者では耳垢栓塞(じこうせんそく)を伴う場合があります。耳垢栓塞や滲出性中耳炎は加齢性難聴と違って簡単な治療で、すぐに聴力が改善するため、早期に診断することは重要です。
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難聴の有無について検討するためには、純音聴力検査を行います。これは閾値検査(いきちけんさ)と言い、どれくらい小さい音が聞こえるかについて左右の耳を周波数別に検討します。これによって難聴の有無を確認します。
一般的に難聴は左右差の無い、高音域を中心とした難聴であり、一側が特に強い難聴や、耳鳴りが見られる場合には加齢性以外の原因について検討する必要があります。
加齢性難聴の場合、さらに閾値上聴力検査という、十分に聞こえる程度の大きさをどのように感じるかについての様々な検査をすることがあります。一文字ずつの言葉の聞き取りについて評価する際には、語音聴力検査を行います。
また、どれくらいの大きさの音を聞けばうるさいと感じるかを調べるための不快閾値検査を行うこともありますが、特に補聴器の装用を考える場合には有用な検査です。聴覚情報処理障害の合併を疑う場合には、左右分離聴検査等の中枢性聴覚検査を行うことがあります。
耳鳴が生活上の問題になっている場合には、ピッチマッチやラウドネスバランスといった耳鳴検査を行うことがあります。
さらに補聴器装用を行う場合には、様々な補聴器適合検査(ほちょうきてきごうけんさ)を用いて補聴器の妥当性を検討します。この中には実耳装用利得や、音場での聴覚閾値・不快レベルの測定、雑音を負荷した時点での語音明瞭度の測定などが行われます。
加齢性難聴の原因
加齢性難聴は複数のメカニズムによって生じることが想定されています。
音を感じる「マイク」の働きをする器官である内耳には「コルチ器」という構造があり、その中にある音のセンサーである内有毛細胞(ないゆうもうさいぼう)の形が変わることが、加齢性難聴の基本的な原因です。この場合には低音の聴力は良好で、高音域により強い難聴が生じると考えられています。
その一方で、蝸牛の中でも、コルチ器に蝸牛内高電位と呼ばれる電気的エネルギーを提供する部位である血管条(けっかんじょう)に障害が生じると、低音域の聴力まで全体に障害が生じると考えられています。
また、蝸牛ではコルチ器は基底板と呼ばれる構造の上にありますが、この基底板が加齢によって固くなることも難聴の原因となります。さらに、らせん神経節の神経細胞が変成してくることがありますが、こうした場合には言葉の聞き取りがより高度に障害されると考えられます。
こうした末梢での聞こえの変化の他にも、「音」として提供された情報を処理するしくみである「聴覚情報処理」も加齢に従って変化します。
加齢性難聴の予防・治療方法・治療期間
他の加齢によって生じる障害と同じように、加齢性難聴を根本的に治す方法はありません。
しかし、難聴によって生じるコミュニケーションの障害や、社会的な孤立を予防し、高齢者の認知機能の低下を軽減するためには、補聴器を利用して実際の音声コミュニケーションをサポートしていくことはとても大切です。
加齢に伴う視力の低下や、手指の器用さの低下が加わると、日常的な補聴器の管理、例えば電池を取り替える等の基本的な操作に困難が伴うことがあるため、実際に使用する際は注意が必要です。
こうした影響が大きくなる前に、補聴器の操作に慣れておくことは、後々まで補聴器を適切に使い、音声コミュニケーションの機能を維持するためには大切です。
加齢性難聴では、内耳だけの影響以上に言葉の聞き取りが低下していることがあります。また、周辺の騒音による影響や話速の影響も同じ程度の難聴に比べるとより大きい場合が見られます。
特に話すスピードのコントロールは補聴器だけでは困難なため、周囲からの協力が欠かせません。足腰の弱った方と一緒に歩くとき、その速度に合わせることと同じように、難聴のある方の聞きにくさにより沿った対応(ゆっくりしゃべる・はっきりしゃべる)を周囲がこころがけることも大切です。
補聴器での聞き取りが不十分な場合には、人工内耳によって、より聞こえが改善する場合がありますが、その場合には手術が必要になります。人工内耳はより言葉の音の特徴を強調しやすいので、言葉の理解が特に低下している場合でも有効な場合があります。
音の刺激が無い場合、耳鳴りの音は特に際立って感じられます。このため補聴器や人工内耳による音刺激を加えることは、加齢性難聴に伴う耳鳴りについても有効です。
耳鳴りに対する認知行動療法を行う場合、耳鳴りのメカニズムや、耳鳴りに伴って生じる不安のメカニズムを理解することは重要ですが、こうした治療を受けるためにも補聴器・人工内耳による音声コミュニケーションが必要になります。
加齢性難聴の治療経過(合併症・後遺症)
様々な研究によって、加齢性難聴が存在することで、うつ病の発症、生命予後等長期的な健康の状態や認知機能を低下と関連していることが知られています。
現在、薬物などによって老人性難聴を予防・改善させることが証明されている治療法はありませんが、アンチエイジングとしての治療法の研究は進んでおり、また有毛細胞を再生させる再生医療の研究も進んでいるところです。
従って、少なくとも現時点では、加齢性難聴の存在が、その後の音声コミュニケーション機能の低下や、社会的孤立、あるいは認知機能の低下につながらないようにすることが最も大切な治療・予防方針であると言えます。
補聴器や人工内耳の装用を行うことによってより良い聞こえを確保し、より豊かな健康寿命を楽しめる環境を整えることがお勧めです。
加齢性難聴になりやすい年齢や性別
加齢性難聴の原因となりうるものは、騒音の暴露、高血圧、糖尿病、喫煙などが知られています。こうしたものを取り除き、加齢性難聴の進行を緩やかにすることも大切です。
加齢性難聴は40代以降から始まることが多いとされます。頻度は加齢と共に増加し、65歳以上では3人に1人、75歳以上では2人に1人で難聴の自覚があるとされます。性差では女性の方がより緩やかに難聴が進むとされています。
2025年までに世界では500万人以上が罹患すると言われ、成人が罹患する最も頻度の高い疾患のひとつと言われています。
執筆・監修ドクター
経歴平成 2年 岡山大学医学部 卒業
平成 6年 岡山大学医学部大学院 卒業
平成 2年~ 岡山大学医学部耳鼻咽喉科 入局
国立岡山大学 耳鼻咽喉科 研修医
平成 7年~ 米国アイオワ大学医学部 耳鼻咽喉科 研究員
平成 9年~ 岡山大学医学部耳鼻咽喉科 助手
平成12年~ 岡山大学医学部耳鼻咽喉科 講師
平成26年4月~ 新倉敷耳鼻咽喉科クリニック 院長
平成27年~ 埼玉医科大学 客員教授
九州大学 臨床教授
平成29年10月~ 早島クリニック耳鼻咽喉科皮膚科 院長
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