視力を失う網膜剥離(もうまくはくり)とは?病気のメカニズムと予防法を解説
ある要因によって網膜が剥がれてしまうことを網膜剥離といいます。網膜は眼に入ってきた光を認識し、脳に信号を送る働きをしています。
網膜が剥がれてしまうことによって、視界に見えない部分が出現し、視力が低下します。治療せず、そのまま進行してしまうといずれは失明します。
網膜剥離とは?
眼のなかにある網膜が、ある要因によって剥がれてしまうことを網膜剥離(もうまくはくり)といいます。
網膜は眼に入ってきた光を認識し、脳に信号を送る働きをしています。この網膜が剥がれてしまうことによって、視界に見えない部分が出現し、視力が低下します。
そもそも網膜とは?
網膜は眼球の内側に張り巡らされている組織で、眼に入ってきた光が当たると刺激され、情報を信号に変えて視神経から中枢神経に送ります。
10層でつくられている組織で、内側の1~9層は神経網膜、外側にある10層目を網膜色素上皮細胞(もうまくしきそじょうひさいぼう)と呼びます。
特に眼球の後部にある網膜の中心、黄斑(おうはん)は重要な部分であり、この部分に支障が出ると視力が大きく低下します。
20代と50代以降の患者数が多い
網膜剥離になっているのは、20代の若者と50代以降の中高年が多い傾向です。
50代以降は加齢による網膜裂孔(もうまくれっこう)や、剥離が起こる可能性が高くなるためです。
20代で発症者が多い理由は明確にはわかっていませんが、糖尿病網膜症や外傷によるケースが多いという説があります。
手術をしなければ治らない
網膜剥離は放置していても治ることはありません。
また、網膜剥離が進行してしまった状態で手術をおこなっても視力が元に戻ることはありません。
手術により網膜剥離を治癒させても網膜の機能は100%に回復することはなく、よくても50%~60%程度の回復にとどまります。
網膜剥離の程度や放置期間が長ければ視力回復の程度はさらに低くなってしまいます。
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網膜剥離の種類
網膜剥離は大きく分けると網膜裂孔からの派生である裂孔原性(れっこうげんせい)と、そうではない非裂孔原性(ひれっこうげんせい)の2種類に分けられます。
網膜裂孔
網膜が何らかの要因で破けてしまった状態のことです。要因としては加齢や外傷、他の病気の影響が挙げられます。
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裂孔原性網膜剥離
網膜に裂孔が生じると、眼球の大部分を占める硝子体(しょうしたい)(※)から水分が裂孔部分に流入します。
流入した水分にと裂孔部分に付着している硝子体が網膜を牽引(けんいん)し続けるため網膜が徐々に剥がされていくのが裂孔原性網膜剥離です。
要因として加齢や外傷によって網膜が傷み、裂け目ができることが挙げられます。
※硝子体…水晶体の後方にある眼球にある器官の1つです。
眼球の大部分を占め、ゼリー状の液体が詰まっており、99%以上の水分と1%ほどの繊維体(コラーゲン)で構成されています。
眼球の形を保つ働きを担っています。
非裂孔原性網膜剥離(別名:続発性網膜剥離)
網膜裂孔から派生して起こる剥離ではなく、他の病気の影響で形成される繊維体に牽引されて引き剥がされたり、網膜の毛細血管から滲出(しんしゅつ/もれ出てくること)した液体で内側から剥がされたりすることが原因の網膜剥離です。
それぞれ牽引性網膜剥離(けんいんせいもうまくはくり)、滲出性網膜剥離(しんしゅつせいもうまくはくり)と呼びます。
網膜剥離の兆候は他の病気の発症
網膜剥離の初期症状として、飛蚊症(ひぶんしょう)がみられます。その他、光視症(こうししょう)、視野の異常があります。
飛蚊症とは
飛蚊症は、視界に黒い虫のようなものが見えたり、砂埃が舞って見えるような症状など様々です。
視線を変えると追ってくるような動きがあるのが特長で、症状は生理的なものと、眼の病気の影響で現れるものに分かれます。
見える浮遊物にも種類がありますが、基本的に変化がなければ危険性はありません。
なぜ浮遊物が見えるのか~飛蚊症の種類~
飛蚊症には2種類あり、種類によって浮遊物の形成過程も異なります。
生理的飛蚊症
眼球内には硝子体(しょうしたい)というゼリー状のものがぎっしり入っています。
硝子体は99%以上の水分と、1%ほどの繊維(コラーゲン線維)で構成されています。
加齢によって硝子体は濁ってくるもの(コラーゲン線維が老化して集まる)で、浮遊物を形成します。年を取るにつれて水分が減り線維と分離して空洞ができます
線維は空洞の方に集まるのでより飛蚊症の影が見えるようになります。
これが生理的飛蚊症です。
病的飛蚊症
もう1つの飛蚊症が病的飛蚊症です。
硝子体に何らかの汚れ(血液や白血球、浸出物)が入り混むことでその汚れの影が視界に入ることがあります。
原因は他の病気の影響で、眼のなかで出血や炎症が起きることです。
網膜裂孔、網膜剥離の初期症状でみられる飛蚊症はこちらになります。
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光視症とは
視界に本来あるはずもない光が見える症状で、網膜に視覚的な刺激ではないものが与えられたために起こります。
例えば、50歳以上の人では硝子体による牽引力で網膜が引っ張られることがあります(硝子体の水分が減り、後部に空洞ができることで、隣接している網膜が引っ張られます)。
この牽引力による刺激で、光が見えることがあります。
視野の異常
網膜剥離が進むと部分的に視野が暗く、狭くなります。
原因は破けるか、内側から剥がされるか
網膜剥離になる原因は複数存在し、それによって剥離する流れも変化します。種類別に原因と剥離の流れを解説します。
裂孔性網膜剥離
前段階の網膜裂孔から派生します。
網膜が裂けると、隣接している硝子体から水分がもれ出します。これにより、裂けた部分から時間をかけて網膜が剥がされます。
後頭部硝子体剥離(こうとうぶしょうしたいはくり)
硝子体が加齢で変形し、網膜から硝子体が剥離するのが後頭部硝子体剥離です。
加齢によって水分が減少した硝子体は、眼の奥から変形していき、しぼんでいきます。
この後部硝子体剥離が眼球後部から前面むかって進んでいく過程で硝子体との癒着が強い網膜が強く引っ張られ網膜が裂けてしまい、網膜剥離が起こります。
非裂孔性網膜剥離(続発性網膜剥離)
滲出性網膜剥離(しんしゅつせいもうまくはくり)
網膜には毛細血管があります。この毛細血管から血液や脂肪物質がもれ出て網膜下に溜まり、剥離を起こします。
毛細血管に異常をきたす原因は他の病気による影響で、炎症や腫瘍ができることにあります。
牽引性網膜剥離(けんいんせいもうまくはくり)
増殖糖尿病網膜症(※)を例に挙げると、糖尿病になった患者さんの硝子体には増殖膜(ぞうしょくまく)という線維組織が形成されます。
この増殖膜が網膜に癒着(ゆちゃく/くっつくこと)するために引っ張られて剥がれる疾患です。
※糖尿病網膜症
牽引性網膜剥離を引き起こす原因として、糖尿病網膜症があります。
糖尿病網膜症は段階ごとに名称が異なります。
牽引性網膜剥離が起こる段階は、重症化している増殖糖尿病網膜症です。
単純糖尿病網膜症 | 初期段階の糖尿病網膜症です。 糖尿病によって血糖コントロールができず、毛細血管が詰まり、出血します。 また、血管からタンパク質や脂肪が出て、網膜にシミができることがあります(硬性白斑/こうせいはくはん)。 自覚症状はありません。 糖尿病の治療や、意識的に血糖コントロールをおこなうことで治療できる段階です。 |
前増殖糖尿病網膜症 | 毛細血管で詰まる部分が増えてくると、組織に酸素が行き渡らない状態になります。 そのため新しい血管(新生血管)を作り出します。 この新生血管は破れやすく、出血をしやすいものです。 自覚症状として、眼のかすみを感じるようになります。 |
増殖糖尿病網膜症 | 新生血管は網膜や硝子体に伸びていきます。 硝子体で新生血管から出血すれば、飛蚊症となります。また、出血を続けていると硝子体と網膜の間に増殖組織という繊維の膜を形成します。 網膜に増殖組織が癒着することで、増殖組織が収縮した際に引っ張られて牽引性網膜剥離を引き起こします。 |
網膜が裂ける、剥がれる原因と過程をまとめると以下のようになります。
・加齢、外傷
硝子体の水分が減り、空洞ができます。
加齢、その他の影響で繊維体に癒着してしまった網膜が引っ張られて、裂けるか剥がれます。
・糖尿病、ぶどう膜炎といった他の病気
毛細血管や新生血管から出血を繰り返し、繊維体をつくって網膜が引っ張られ、裂けるか剥がれます。
または毛細血管から滲出物が出て内側から剥がされます。
視力の低下で日常生活が困難に
手術で網膜剥離を治療しても、線維組織ができて増殖性硝子体網膜症を起こすことがあります。
これにより、線維組織と癒着した網膜が引っ張られる牽引性網膜剥離という種類の網膜剥離を再び発症することです。
手術をしても起こる可能性がある網膜剥離
手術で網膜剥離を治療しても、線維組織ができて増殖性硝子体網膜症を起こすことがあります。
これにより、線維組織と癒着した網膜が引っ張られる牽引性網膜剥離という種類の網膜剥離を再び発症することです。
増殖性硝子体網膜症
裂孔原性網膜剥離が長く続いたり、網膜剥離が再発した場合に起こります。傷を修復しようとして硝子体と網膜の間に線維組織が形成されます。
この線維組織に引っ張られることで網膜剥離が起きます。
網膜剥離は眼の病気、眼科へ
網膜剥離を診てもらうのは眼科が望ましいです。ただし、糖尿病や高血圧といった全身疾患の影響で起こる網膜剥離も存在します。
まずは内科でそれらの病気を診てもらい、網膜剥離の原因となっている病気を治療することも視野に入れてもよいです。
病気の進行状態に合わせて、受診する順番を考えましょう。
問診で伝えるべき内容と検査方法
診療は問診から入ります。
視界が悪くなった時期や状況、視界の状態をはっきりと医師に伝えましょう。
網膜剥離は問診や視診ではわかりません。この病気は、眼底検査(がんていけんさ)で網膜の状態を観察します。
眼底検査
眼底鏡という道具で眼のなかを観察します。その際に網膜まで観察しやすくなるように、散瞳薬(さんどうやく/瞳孔を開かせる薬)を点眼してから検査します。
点眼してからの術後は視界がまぶしく、ピントが合わない状態になっているので、車の運転や運動は危険です。
もし、硝子体出血のように濁って眼底検査に支障が出る病気がある場合は超音波検査を用いて、エコー画像で内部を観察、診断します。
網膜と硝子体の状態で異なる治療法
網膜剥離の治療はまず網膜が裂けているだけの状態か、剥離してしまっているのかで治療法は変わります。
網膜剥離の薬はない
網膜剥離は薬では治りません。
手術によって網膜を元の位置に戻す治療がおこなわれます。また、手術が成功しても視力が戻るとも限りません。
なるべく視力低下を予防するためにおこなうのが網膜剥離の治療になります。
ちなみに手術に関しては、全身麻酔、局所麻酔のどちらかを使用して痛みに対する配慮はおこないます。
まだ網膜裂孔の段階である場合の手術方法
網膜光凝固術(もうまくひかりぎょうこじゅつ)
網膜にレーザー光線を浴びせて熱凝固させる手術です。
網膜の裂孔部分周辺を凝固させることで、剥離することを予防します。
網膜剥離をすでに起こしている場合の手術方法
強膜バックル術(強膜内陥術/きょうまくないかんじゅつ)
裂孔している部分の強膜(きょうまく/網膜の外側の膜)を内側にへこませます。
次に裂孔部分周辺を網膜光凝固術や網膜冷凍凝固術(もうまくれいとうぎょうこじゅつ/凍らせて凝固させます)で凝固させます。
すると、周りの細胞から糊のような液体が分泌され、剥離した網膜を色素上皮(網膜の一番外側の層)にくっつけます。
これが固まるまで約2週間程度かかるので、強膜をへこませ続けるためにシリコン製のバンドのようなもの(バックル)を強膜に縫い付けます。
強膜バックル術のデメリット
・近視や乱視の症状が強くなることは避けられません。
気体注入法
眼球内部に特殊なガスや空気を注入して網膜裂孔の部分を圧着(あっちゃく/圧力で押しつけること)させます。
圧着させたら凝固させて網膜がくっつくのを促します。
また、空気ではなくてシリコンオイルが注入される場合もあります。
この手術ができる条件として
1.裂孔部分と注入した気体が接触できる場所であること(基本的に気体は上に浮く性質のため、裂孔場所も上側が条件)
2.患者さんが裂孔場所と気体の位置を調整できること(裂孔場所が眼球の上ではなくても、うつぶせや横にすることで空気の場所は調整できます。治療は長期間に及ぶことがあるため、無理な体勢はストレスになります)。
硝子体手術
特に硝子体出血を合併していたり、裂孔が大きかったりと、網膜剥離が進行して増殖膜を合併(増殖性硝子体網膜症)している場合におこなう治療法です。
網膜が硝子体に牽引されることで生じる裂孔原性網膜剥離では、眼内に針のように細い器械を入れて硝子体を切って取り除きます。
眼球壁に0.5mmほどの孔を3つ開け、器械を入れます。
1本はライト、2本目は硝子体の水分を補充するもの、3本目は溜まった水分の吸引と繊維体の切除をするための硝子体カッターという器械です。
これらを駆使して網膜にかかる硝子体牽引を、解除あるいは減弱することができます。
網膜裂孔から網膜の裏に器械を入れて網膜の裏に溜まった水を吸い取りながら、同時に眼球の内部に空気を満たしていく操作で、手術中に網膜をほぼ完全に復位(ふくい/元の位置に戻ること)させることができます。
さらに、網膜裂孔凝固をおこなって手術は終了です。術後の体位制限(うつぶせや側臥位(よこむき)など)は必須です。
体位制限はだいたい5~7日程度のことが多いです。
執筆・監修ドクター
経歴1991年 栃木県立栃木高等学校卒業
1997年 東海大学医学部卒業
2006年 自治医科大学大学院(地域医療学系皮膚感覚器疾患学系専攻)卒業
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