乳がんの原因遺伝子「HER2/ErbB2」とは。がん化の仕組みから治療までの最新情報【ハーバード大学医学大学院 齊藤康弘】

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齊藤康弘

監修

1978年生まれ。
2006年から2011年まで、北海道大学理学院。2006年まで北海道大学水産科学研究科。
2004年北海道大学水産学部卒業。
2011年から2014年まで東京大学医学系研究科助教。
2014年よりヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム・ロングターム・フェロー
を獲得し、カナダ・トロントのプリンセス・マーガレット・キャンサー・センターの研究員として着任。
2015年より現所属、米国ベス・イスラエル・ディコネス・メディカルセンター/ハーバード大学医学大学院研究員として、
乳がんをモデルとしてがんの生物学について研究している。

前回は乳がんの大部分に異常が認められるエストロゲン受容体(ER)について解説しました。

ホルモン受容体であるERの生物学的な機能を理解していただくと、ER陽性乳がんではホルモン療法といった治療が有効であるとご理解いただけると思います。

今回は、乳がんの分類上、顕著に異常が認められる乳がん原因遺伝子「HER2」について参考文献1,2を基に書いてみたいと思います。

 

「ErbBファミリー遺伝子」の一つ、ErbB2/HER2

以前もお書きしました通り、ヒトの細胞は2万個以上の遺伝子を持っていると推定されています(http://fdoc.jp/healthcure/entry/professional/10127)。

現在までの分析技術の発達によって、がん細胞の中でどのような遺伝子が働き、どの遺伝子が働いていないか推測できます。

網羅的な遺伝子発現の特徴を「遺伝子発現パターン」と呼び、遺伝子発現パターンに基づいて、乳がん細胞のタイプ分け(Intrinsic molecular subtypes)が2000年に報告されています。

このタイプの一つとして、HER2-enriched(HER2過剰発現)というタイプがあります。

HER2は別名「ErbB2」と呼ばれ、「受容体型チロシンキナーゼ」と呼ばれる種類のたんぱく質に分類されます。

ErbB2は「ErbBファミリー」と呼ばれる種類に属し、ErbB2のほか、ErbB1(HER1/EGFR)、ErbB3(HER3)、ErbB4(HER4)が同定されています。

これらErbBファミリーのたんぱく質は3つの特徴的な構造に分かれています。

このたんぱく質は細胞の内と外を貫くような形になっており、「細胞外ドメイン」「細胞膜貫通領域」、そして細胞内の「チロシンキナーゼドメイン」です(図1)。

 

細胞の内と外をつなげる「受容体型チロシンキナーゼ」

受容体型チロシンキナーゼは、細胞の外側に「リガンド」と呼ばれるたんぱく質が結合すると、内部にあるチロシンキナーゼが活性化するという仕組みになっています。チロシンキナーゼというのは、細胞の中にあるたんぱく質の「チロシン残基」と呼ばれる部分に働きかける酵素で、「リン酸化」という変化を起こして、細胞の中のたんぱく質の働きを変化させることにつながります。

専門的に、その活性化する仕組みを改めて書きますと、

・リガンドが受容体の細胞外ドメインに結合

・受容体が細胞膜上で2つのたんぱく質の組み合わせである「二量体」を形成。

・チロシンキナーゼドメインを介して相互にチロシンリン酸化

というプロセスを経て活性化され、細胞増殖など様々な細胞内シグナルを誘導します(図2)。

二量体については、「ホモ」もしくは「ヘテロ」という2種類のうちどちらかの組み合わせになります。

ホモ二量体化(homodimerization)とヘテロ二量体化(heterodimerization)が何か簡単に説明しますと、ホモ二量体化とはErbB2とErbB2の結合のように同じ分子同士が2つ結合(分子間相互作用)することを指すのに対し、ErbB1とErbB2の結合のように異なる分子同士が2つ分子間相互作用することを意味します。

 

どう活性化するか不明、ErbB2の謎 

興味深いことにErbBファミリーの中で、唯一乳がんと関係の深いErbB2と結合するリガンドはいまだに発見されていません。

したがって、ErbB2の活性化メカニズムは不明な点が多いのです。ここでは詳しくは述べませんが、ErbB2は他のErbBとのヘテロ二量体化を形成し活性化するモデルなどが提唱されています。

 

乳がんにおけるErbB2の過剰発現

ErbB2は20~30%の乳がんにおいて高発現が認められます。

乳がん細胞において過剰発現したErbB2は自発的にホモ二量体を形成もしくは他のErbBとのヘテロ二量体を形成します。

そうして細胞増殖など、「細胞のがん化」につながる細胞内シグナルを誘導すると考えられています。

 

HER2標的薬「トラスツズマブ」

ErbB2やその他ファミリー遺伝子を標的とした薬はいくつか開発されています3

その中でもトラスツズマブ(trastuzumab)が有名です4。商品名はハーセプチンです。

トラスツズマブはErbB2の細胞外ドメインを標的として作製された薬です。マウスモノクローナル抗体4D5と呼ばれるものを、人間に対して使用することができるように「ヒト化」(humanized)と呼ばれる大部分をヒト抗体のたんぱく質構造に置き換えたモノクローナル抗体薬になります。

 

免疫細胞が抗体を目印にがん細胞を排除?

この分子標的薬の作用機序はいくつかモデルが提唱されています。

ErbB2を高発現している細胞表面にこの抗体が反応し、免疫細胞が抗体を目印にがん細胞を排除するというモデルが一つです。「抗体依存的細胞障害作用」と呼ばれています。一方、ErbB2分子の分解促進などにより抗腫瘍効果を示すとも考えられています。

トラスツズマブ単剤ではやはり抗腫瘍効果が完璧ではないため、複数の薬剤との組み合わせなどの臨床試験が行われています3

今後は効率的な分子標的薬の使い方(組み合わせ等)が明らかになることが期待されます。

 

図1・図2

 

参考文献

  1. Olayioye, M. A., Neve, R. M., Lane, H. A. &am
    p; Hynes, N. E. The ErbB signaling network: receptor heterodimerization in development and cancer. EMBO J 19, 3159–3167 (2000).

  2. Harari, D. & Yarden, Y. Molecular mechanisms underlying ErbB2/HER2 action in breast cancer. Oncogene 19, 6102–6114 (2000).
  3. Loibl, S. & Gianni, L. HER2-positive breast cancer. Lancet (2016). doi:10.1016/S0140-6736(16)32417-5
  4. Lewis, G. D. et al. Differential responses of human tumor cell lines to anti-p185HER2 monoclonal antibodies. Cancer Immunol. Immunother. 37, 255–263 (1993).

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