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試験管の中で胃を作り出すことに成功【NPO法人AASJ代表理事・京大医学部名誉教授 西川伸一】

「プロフェッショナル」では、第一線で活躍する医療関係者のコラムをお送りします。「春の特別企画」として、執筆者として参加する西川伸一氏(プロフィールは末尾)の過去のコラムを振り返ります。


試験管の中で胃を作り出すことに成功

ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞が記事になるとき、「様々な組織の元になる」と枕ことばが付く。もちろんそうだが、このさまざまな組織を作らせることが実は最も難しい。

故笹井芳樹さんはさまざまな神経組織を作るという点では世界をリードしていたし、ハーバード大学のダグラス・メルトンさんは膵臓のβ細胞を作ることについては誰もが一目置いていた。これは、さまざまな組織ができるためには、細胞の何段階もの分化を経る必要があり、これを人為的に調節するためには深い発生学の知識が必要になるからだ。

したがって、論文を読めばそのグループの発生学の実力がだいたい分かる。その意味で、「消化管ならこのグループ」という研究室が登場したようだ。

 

胃組織を試験管内で作ることに成功

今回紹介する米国シンシナティ大学からの論文は、人間の多能性幹細胞から胃組織を試験管内で作らせることに成功した研究だ。科学誌ネイチャー誌オンライン版に掲載されている。タイトルは、「多能性幹細胞から胃器官を作成してヒト発生と病気のモデルとする(Modelling human development and disease in pluripotent stem-cell-derived gastric organoids)」だ。

おそらく研究の詳細は一般の方には分かりにくいと思う。この仕事の本質はそこにある。発生の段階を4つに分けて、どんなシグナルをどの程度の時間加えるかをまとめている。まずあらゆる内胚葉組織になる「未熟内胚葉細胞」、次に前腸と呼ばれる胎児腸管の「後方部細胞」、そして前庭部の「上皮細胞」、最後にさまざまな細胞を含む「胃組織」という具合だ。培養のための基質は何がいいのかなどを一つ一つ明らかにしている。

このためこの論文では珍しく方法が詳しく書かれている。この結果、長期間、試験管内で維持できる胃の幽門から前庭部の組織を作ることができている。まだ胃の基底部を作るところまではできていないが、おそらく時間の問題だろう。

 

病気の解析も可能になる

論文を読むと、ゴールにたどり着くための試行錯誤を行うこと自体が発生学になっているのもよく分かる。文献を見ると2011年には腸組織の誘導をネイチャー誌に発表しており、人間の消化管発生のプロとして発展しているのだろう。人間の組織ができるということは、さまざまな病気の解析が可能になるということだ。

この研究ではピロリ菌が前庭部の上皮の増殖を誘導し、これに「c-Met」や「CagA」が関わることを示している。このような組織は今後クリスパーなどの技術と組み合わさると、人間の細胞を使ったさまざまな発がん実験の可能性を開く。

シンシナティ大学は長くディベロップメント誌(Development)の編集長を務めたクリス・ワイリーが率いる幹細胞研究の盛んなところだ。発生学と幹細胞研究が統合されたいい伝統が育っていると感心した。

 

文献情報

Modelling human development and disease in pluripotent stem-cell-derived gastric organoids. - PubMed - NCBI

 

西川 伸一

執筆者:西川 伸一 氏
NPO法人AASJ代表理事 / 京都大学医学部名誉教授