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肺がんゲノムから見るがんの発生と進展【NPO法人AASJ代表理事・京大医学部名誉教授 西川伸一】

「プロフェッショナル」では、第一線で活躍する医療関係者のコラムをお送りします。


肺がんゲノムから見るがんの発生と進展

がんゲノムの多様性

医学の常だが、病気を理解するための新しい視点が生まれると、治療のための大きな希望が生まれるが、研究が進めば進むほど、病気の難しさが理解されるようになり、最初の希望がしぼんでしまう。このことが最もよくわかるのががんのゲノム研究で、ゲノム解読が安価に行えるようになってがんの個性がわかると、治療標的が見つかる可能性が高まった。しかし、がんのドライバー変異を標的にした治療も、最初は高い効果を示しても、根治には届かないことがわかってきた。すなわちがんの方が多様化して、必ず治療耐性を持った細胞が現れることを示している。事実、がんのゲノム解析第2弾として行われたがんゲノムの多様性の研究は、がんが早い段階からゲノムレベルで多様化していることを明らかにした。

 

根治を求める研究

もちろん医学も手をこまねいているわけにはいかない。系統的にがんの多様性のルーツを調べ、本当のプレシジョンメディシンの可能性を探っている。今日紹介する英国クリック研究所を中心としたTRACER国際コンソーシアムからの論文もこの方向の研究の一つで、臨床医とゲノム研究が密接に連携して新しい治療指針を求めて研究が進められていることがよくわかる研究だ。一般のゲノム研究と比べると、より臨床の匂いが強い。タイトルは「Tracking the evolution of non-small-cell lung cancer(非小細胞性肺がんの進化を追跡する)」だ。

 

肺がんの遺伝子変異を観察

これまでと比べて、何か新しい試みが行われている研究ではない。100人の肺がん患者さんの手術サンプルのエクソーム検査を行い、現在まで2年間経過を観察しているだけの研究だ。研究は現在も続けられており、最終的には850人の患者さんについて調べることになっている。あえてこれまでと違う点を探すと、一人のサンプルにつき最低2箇所(平均で3.2箇所)、離れた場所からがん細胞を採取してエクソーム解析を行っていること、及びエクソーム解析を平均426カバレージと高い精度で行っていることを指摘できる。

 

結果はこれまでの研究と大きく変わるわけではないが、肺がんを見ている医師にもわかりやすく結果が示されている。詳細を省いてまとめると、

1)30%の点突然変異、48%の大きな領域の変異ががんの中で新たに発生した変異。

2)がん細胞の多様化は腺がん、扁平上皮がんであまり変化がないが、扁平上皮がんの方が変異の数が多い。

3)喫煙者は変異の数が多いだけでなく、がん内での多様化も進んでいる。

4)遺伝子コピー数の変化のような大きな遺伝子変化ががんの中で起こると、予後が悪いが、点突然変異として検出されるがん内の多様性は予後に影響がない。

5)多様性にはAPOBECが媒介する変異が最も大きな寄与をしている、

などだ。

 

この結果から、腺がんと扁平上皮がんは、異なってはいるが限られたドライバー遺伝子の変異で始まり、長い時間を経た後染色体不安定性や DNA損傷修復メカニズムの異常が起こることで、今度は全くランダムに様々な変異が急速に蓄積を始め、新しいドライバー遺伝子の参加や抑制遺伝子の欠損が起こり、この結果腺がん、扁平上皮がんとしての性質が失われていくという経過がよくわかる。

 

がんの多様性に考慮した対策を

この結果を受けて現段階で治療指針を考えると、やはりがんの早期発見が重要だが、常にがんの多様性を考慮して、標的薬を含む多剤併用型の治療法の開発が重要になる。また、急速に突然変異が蓄積するときには、免疫療法は期待が持てるが、がん特異的ネオ抗原を割り出す技術が必要であると結論できるだろう。

同じようながんのゲノム研究だが、臨床にわかりやすいよう示されたいい論文だと思う。

 

この記事は、寄稿者である西川伸一氏の許諾を得て、「NPO法人オールアバウトサイエンスジャパン」の公式サイト内「論文ウォッチ」コーナーから転載をしております。

http://aasj.jp/watch.html

西川 伸一

執筆者:西川 伸一 氏
NPO法人AASJ代表理事 / 京都大学医学部名誉教授