読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基礎と応用【NPO法人AASJ代表理事・京大医学部名誉教授 西川伸一】

「プロフェッショナル」では、第一線で活躍する医療関係者のコラムをお送りします。


基礎と応用

基礎研究の現状

基礎研究が技術開発につながることが認識され、国が物理や数学などの基礎科学に公的助成を行うようになったのはそう昔のことではない。どの本で読んだか記憶が定かではないが(おそらくHelga Nowotnyらの書いたRethinking Scienceだったと思うが)、19世紀の終わりに英国政府が基礎研究に対する助成を決めた時、科学者会議は「研究とは個人の興味で行うもので、国から金をもらう筋合いはない」と、拒否したらしい。もちろんこれは長く続かず、直接、間接に公的助成が得られないと、研究ができない現状になっている。

ただ公的助成の主目的は、個人の興味を満足させることでなく、成果が技術に還元され国民が豊かになる(あるいは体制が維持される)ことに尽きる。この結果、特に最近「出口を示す」ことが助成の条件になっている。

これは決して我が国だけではない。ケンブリッジの幹細胞研究所のアドバイザーを勤めていたが、英国でもMRCは出口を示すことを強く要求をしていた。とはいえ、どの研究が出口に繋がっているのか決めるのは難しく、結局特許の申請数などを指標にするため、役に立たない特許までともかく申請して、報告書に乗せるという由々しい状況になっている。

今日紹介するハーバードビジネススクールからの論文は、NIHが助成した研究と特許の関係を調べたビッグデータアナリシスで4月7日号のScienceに掲載された。タイトルは「The applied value of public investments in biomedical research(医学・生命科学の公的投資の応用的価値)」だ。

 

基礎研究は社会に貢献している

この研究では1980年から2007年にNIHが助成した研究について、1)研究から直接特許が生まれたか、あるいはFDAの承認を得た医療が開発されたか。2)特許やFDA承認のための申請書に論文が引用されているか、の2点について調べている。

結果だが、NIH助成による研究の場合8.4%が直接成果として特許に繋がっている。少ないように思えるが、次に研究成果が企業の特許を申請する時に引用されているかを調べると実に31%がその特許に貢献している。FDA承認の医療の実現については、直接開発に繋がって研究は1%に満たないが、FDA承認の医療の申請書で引用された研究は5%に達している。すなわち、直接特許申請に至ったかだけで助成の効果を算出することは間違っており、長期的視野で見ればかなりの研究が技術の開発を後押ししていると結論している。

 

基礎研究と応用研究の貢献度に差がない

次に、グラントの申請書のアブストラクトの内容を検索し、Medical Subject Headingにリストされているキーワードが使われた場合は応用を目指していると判断し、それ以外を基礎研究と分類して、引用のされ方で特許への貢献を調べている。

結果は明確で、特許やFDA承認医療で引用されたかという視点でみると、基礎も応用研究もほとんど貢献度に差がない。さらに、無脊椎動物を用いた研究も、マウスやヒトを用いた研究と同じぐらい技術の開発に貢献している。

結論としては、基礎か応用かを簡単に判断できないことになる。もし直接成果としてあげられた特許がどれほど役に立ったかについて調べることができれば、もっと面白い結果になったかもしれない。要するに、しっかりお金をかけて科学全体の活動を維持しないと、技術開発も難しいと言って良いだろう。

 

過去を振り返ることが重要

個人の興味の満足に研究費が出せなくなった世の中では、おそらく若い研究者は育たないだろう。今の政治家や役人は忘れていると思うが、私の卒業したバブル期は、日本は基礎研究に金をかけずに先進国の成果にただ乗りしているという「ただ乗り論」が叫ばれ、基礎研究への助成を増やせというのが政治家からも叫ばれていた。一方今の政治をみると、政府が役人に「記録はすべて破棄しました」と平気で語らせて恥じないことからわかるように、過去を忘れることで成立しているように思う。しかし、大学法人化も含め、もう一度過去の過程をしっかり思い出すことが日本の科学技術行政にとって重要ではないだろうか。

 

西川 伸一

執筆者:西川 伸一 氏
NPO法人AASJ代表理事 / 京都大学医学部名誉教授