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PD-1の作用機序を追求し、がん免疫治療の効果を上げる【NPO法人AASJ代表理事・京大医学部名誉教授 西川伸一】

「プロフェッショナル」では、第一線で活躍する医療関係者のコラムをお送りします。


PD-1の作用機序を追求し、がん免疫治療の効果を上げる

PD-1の真の免疫抑制作用

PD-1は、専門以外の人にも最も名前を知られた分子の一つだろう。ただ、あまりに有名なため、PD-1がどのようにT細胞の作用を抑えるのか、当然完璧にわかっていると錯覚してしまう。しかし作用機序について知り合いに聞いても、「PD-1は脱リン酸化酵素を介して、リン酸化で活性化される分子を抑制しているのだろう」以上の答えは返ってこない。

今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校とジェネンテック社との共同論文はPD-1が抑制するシグナル経路を明らかにした論文で3月31日号のScienceに掲載された。同じ号に、全く異なる方法で同じ結論に至ったエモリー大学の論文も掲載されているが、使われている方法がプロのシグナル研究に見えたのでこの論文の方を選んだ。タイトルは「T cell costimulatory receptor CD28 is a primary target for PD-1 mediated inhibition(T細胞の副刺激分子CD28はPD−1による抑制の標的分子)」だ。

 

PD-1標的分子はどれか

 もちろんこれまでもPD-1標的分子については、T細胞受容体、CD28、ICOS、あるいはこれらの組み合わせなど、様々な結果が示されていた。ただ様々な分子が独自に機能している生きた細胞を用いた方法では特異的な分子間相互作用を抽出することは難しく、完全な結論が得られていなかった。この問題を解決するため、この研究ではPD-1の活性化と、その標的について、生きた細胞を使うのではなく、人工膜上に発現させた分子の動態を観察する方法を用いている。責任著者のMellmanもValeもこの分野のプロの仕事であることが実感できる実験だ。

 

PD-1の免疫抑制シナリオ

 詳細を省いて結論だけを述べると次のようになる。

1)PD-1はT細胞受容体により活性化されるLckチロシンキナーゼによりリン酸化される。

2)リン酸化されたPD-1は次に脱リン酸化酵素Shp2と結合することで、シグナル分子として活性化される。この時、Lckによるリン酸化が続かないとPD-1とShp2は離れる。

3)PD-1/Shp2複合体は、T細胞受容体ではなく、副刺激分子の一つでB7をリガンドにしているCD28と選択的に結合し、CD28は脱リン酸化される。このため、T細胞の増殖が低下する。

 

B7という分子の発現が抑制作用の鍵

 実際このシナリオが正しいかどうか、最後にT細胞株を使って、PD-1によりB7とCD28の副刺激シグナルが低下することを示している。

同時に掲載されたもう1報の論文では、PD-1抗体でT細胞を再活性化する時CD28を抑制するとPD-1抗体の効果が失われることを示し、結論としてはPD-1抑制の効果がCD28シグナル経路の再活性化であることを確認している。

この結果が正しいとすると、これまでがん細胞とT細胞のみの関係として考えてきたPD-1抗体の効果を、B7を発現する細胞も含めたより複雑な枠組みで考えることが必要になる。すなわち、B7刺激がないとPD-1抑制の効果は出ない。これにより、なぜPD-1の効く人と効かない人がいるのかについてもより詳しく解析できるようになるだろう。さらに、新しい標的や、PD-1をベースにした新しい治療法の開発も可能になる。

 

日本での研究の遅れが心配

 国もPD-1の効果を予測するためのゲノム研究をスタートさせたばかりだが、5年は遅れているように思う。

この論文の結果は患者さんにとっては重要な情報になったと思うが、この分野の本家といえる日本は、研究自体ではなんとなく取り残されているのではと心配している。

 

この記事は、寄稿者である西川伸一氏の許諾を得て、「NPO法人オールアバウトサイエンスジャパン」の公式サイト内「論文ウォッチ」コーナーから転載をしております。

http://aasj.jp/watch.html

 

西川 伸一

執筆者:西川 伸一 氏
NPO法人AASJ代表理事 / 京都大学医学部名誉教授