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遺伝子を自由に切断する新技術「クリスパー・キャス」の威力 【NPO法人AASJ代表理事・京大医学部名誉教授 西川伸一】

「プロフェッショナル」では、第一線で活躍する医療関係者のコラムをお送りします。「春の特別企画」として、執筆者として参加する西川伸一氏(プロフィールは末尾)の過去のコラムを振り返ります。


遺伝子を自由に切断する新技術「クリスパー・キャス」の威力

優れた技術は多くの研究者の想像力をかき立て、さらに新しい技術へと展開していく。この点で「CRISPR/Cas(クリスパー・キャス)システム」と呼ばれる技術は、遺伝情報全体であるゲノムを自由に編集したい研究者の希望にヒットし、ヒットした研究者の想像力やエネルギーを吸収して、膨大な可能性を生み出し続けている。

 

iPS並みの新技術

テクノロジーの観点から言えば、おそらくiPSに勝るとも劣らないだろう。実際、論文のデータベースである「メドライン」でざっと数えてみると2014年10月号の雑誌というフィルターをかけた上で「CRISPR」で検索すると、とても正確とは言えないが、36編、iPSで検索すると43編だった。有力科学誌のネイチャー誌やセル誌にCRISPRを用いた新しい技術開発の仕事が4編も出ていた。2回に分けて紹介したい。今回紹介する2編の論文はともにCRISPRを発がんメカニズムの解析に利用するための開発研究だ。1編は米国スローンケタリング研究所からの論文。タイトルは「CRISPR/Cas9系を用いた発がん性染色体再構成を生体内でエンジニアする(In vivo engineering of oncogenic chromosomal rearrangements with the CRISPR/Cas9 system)」。もう1編の米国マサチューセッツ工科大学からの論文は、タイトルが「体細胞ゲノム編集法を用いてがん遺伝子間の共同をモデリングする(Rapid modeling of cooperating genetic events in cancer through somatic genome editing)」だ。

 

がんを起こす「染色体転座」

幾つかのがんでは、「染色体転座」と呼ばれる現象が起きている。がんの駆動力になると考えられている。最も有名な例は、ほとんどの慢性骨髄性白血病に見られる「Bcl」と「Abl」の2つの遺伝子が結合している現象だ。結合した遺伝子は別のもの同士が混ざった「キメラ遺伝子」である。遺伝子の変化である遺伝子変異を診断に使うようになった病気としては最古参に入るだろう。最近では現在東京大学に在籍する間野博行さんが見つけた肺がんのドライバーになっている「Eml」と「Alk」の結合したキメラ遺伝子がある。いずれも、キメラ遺伝子から作られるキメラ分子に対する標的薬が開発されている。がんになった多くの人を救ってきた。もちろん転座だけではがんが起こらないことも分かっている。被爆した方を対象としたわが国の調査から、被爆時に転座が起こったとして、慢性骨髄性白血病の発症は8年後にピークを迎えると知られている。今後、転座の起こる前後にどのような細胞の変化が必要かを解明する必要がある。さらに、さまざまな研究も実現するためには、特に成熟してから転座が起こるような動物がいなければならない。こうした課題に応えたのが最初の論文だ。

 

遺伝子を切断しがんを起こす

最初の論文では、間野さんらの発見したAlk転座をマウスでCRISPRを使って誘導できないかに挑戦している。CRISPRで使われるCas9は、DNAを切断する酵素だ。「ガイドRNA」という物質の作用で正確に遺伝子を切断する。一方、染色体転座が起こるときはやはり転座となる2つの遺伝子に切断が入る。その修復時に転座が起こる。とすると、それぞれの遺伝子の特定部位においてCRISPRで遺伝子を人為的に切断できれば、転座の確率を高められると考えた。これを確かめるため、遺伝子を切断する酵素であるCas9と転座に関わる部位を切断するためのガイドRNAをアデノウイルスにより体の中に送り込んでいる。気管から肺へとアデノウイルスを吸入させると、転座を起こすことができる仕組みになっている。結果は予想通りに、人間の肺腺がんに極めてよく似たガンを4?7週で誘導できた。このがんの治療に用いられるクリゾチニブによく反応している。従来の治療成績によると、肺腺がんではほとんどの場合に徐々にクリゾチニブが効かなくなってくる。今回のようながんを起こす仕組みを応用すると、薬の耐性が生まれるメカニズムも分かるかもしれない。あるいは、転座を助ける細胞側の要因が急速に明らかになるかもしれない。ただ問題もある。今回の研究では同じ染色体上の遺伝子の転座を誘導しており、距離も近い。もっとダイナミックな転座を効率よく起こすためにはCas9を媒介として遺伝子同士を近づけるようなテクノロジーの開発が必要だ。おそらく時間の問題だと思う。

 

遺伝子同士が協調する仕組み

もう1編の論文は逆に、ドライバー遺伝子と協調してがん化を起こすさまざまな遺伝子を早く拾い上げるための仕組みを作っている。これも肺がんをモデルとしている。「Ras」と呼ばれる遺伝子の突然変異と、「p53」と呼ばれる遺伝子を欠損させられるマウスを使って調べている。発がんに関係する3番目の遺伝子をCRISPRで欠損させる。こうしてそれぞれの遺伝子が発がん促進にどう変わるかを検討している。レンチウイルスを用いて、増殖力の高い細胞を狙って遺伝子を導入している。この実験では、肺がんでしばしば欠失が見られる「Nkx2-1」「Pten」「Apc」を3番目の遺伝子として調べている。これらの遺伝子が肺がんの組織型を決めるのに大きな役割を持つと示している。がん細胞の遺伝情報の全てである「がんゲノム」の研究が加速し、一つのがんに幾つかの遺伝子変異が共存して特定の形質を作っていると分かっている。その意味で動物の体内で発見された遺伝子の協調関係を研究できるようになったことは大きな意味があると思う。

 

文献情報
Maddalo D et al.In vivo engineering of oncogenic chromosomal rearrangements with the CRISPR/Cas9 system.Nature. 2014 Oct 22.[Epub ahead of print]

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25337876

 

Nature. 2014 Dec 18;516(7531):423-7. doi: 10.1038/nature13902. Epub 2014 Oct 22. Research Support, N.I.H., Extramural; Research Support, Non-U.S. Gov't

 

Sanchez-Rivera FJ et al.Rapid modelling of cooperating genetic events in cancer through somatic genome editing.Nature. 2014 Oct 22.[Epub ahead of print]

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25337879

 

西川 伸一

執筆者:西川 伸一 氏
NPO法人AASJ代表理事 / 京都大学医学部名誉教授