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ある女性の遺伝病が自然に治ってしまった、その謎に迫った、米国NIHからの報告【NPO法人AASJ代表理事・京大医学部名誉教授 西川伸一】

最先端/薬/医療機器/科学 西川伸一 プロフェッショナル

ある女性の遺伝病が自然に治ってしまった、その謎に迫った、米国NIHからの報告

「プロフェッショナル」では、第一線で活躍する医療関係者のコラムをお送りします。
今回は「連休企画」として、執筆者として参加する西川伸一氏(プロフィールは末尾)の2015年のコラムをご紹介しています。


現役時の仕事の関係で、異常の原因になる分子「CXCR4」については普通よりは熟知しているのに、この遺伝子が突然変異を起こして起こる病気「WHIM症候群」が存在することは全く知らなかった。

病気が自然に治ったのはなぜか

今回紹介する米国国立衛生研究所(NIH)からの論文は、経過観察中に病気が自然に治ったWHIM症候群の治ったメカニズムを解析した臨床研究だ。有力生物学誌のセル誌オンライン版に掲載された。タイトルは「クロモスリプシスによるWHIM症候群の治癒(Chromothriptic Cure of WHIM Syndrome)」だ。

4つの症状を表す病気

論文に入る前に予習をしておく。WHIM症候群から説明しよう。WHIMとはその主症状の頭文字を取って名前が付けられた病気だ。「Wart(いぼ)」「hypogammaglobulinemia(低ガンマグロブリン血症)」「infections(感染症)」「myelokathesis(骨髄性白血球貯留)」。調べてみると、2003年、CXCR4遺伝子の「優性突然変異」によってWHIM症候群が起こっていると報告されていたようだ。優性突然変異があると、1対の遺伝子の片方に突然変異があれば病気が起こる。当時は私の研究室でもまだCXCR4について研究を続けていた時で、全くこの論文に気づいていなかったのは恥じ入る。

骨髄細胞の増殖と染色体の崩壊

CXCR4は京都大学の長澤丘司さんが初めて見つけた「ケモカイン受容体」だ。細胞で外からの信号を受け取るタンパク質の一つだ。長澤さんによってこの分子が骨髄の「血液幹細胞」や「B細胞前駆細胞」の増殖、移動を調節する分子であることが示された。WHIM症候群で血液細胞が骨髄にたまっていくのは、CXCR4の活性が強くなり、血液が骨髄から移動しにくくなるため。長澤さんの研究結果を裏付けている。次に「クロモスプリシス」。突然起こる染色体の大きな崩壊が起こる減少だ。試験官内で増殖するがん細胞で初めて観察されたが、全ゲノムレベルの解析が行われるようになり、これによるさまざまな病気が報告されるようになっている。

異常が消失

さて予習はこのぐらいにして研究を見てみよう。この研究は、生まれた2人の娘さんも同じようにWHIM症候群にかかっている女性の症状が、35歳ぐらいから自然に改善し始め、50歳ぐらいからほぼ完治したという観察から始まっている。自然治癒のさまざまな可能性を追求した結果、この女性の血液が、リンパ球は異常のままで「正常細胞」と「異常細胞」が混ざり合った一種の「キメラ状態」になっていると分かった。さらに正常化した白血球ではCXCR4遺伝子の突然変異が消えていた。この遺伝子が存在する染色体が短くなっていることを発見した。23番目まである染色体のうち2番目の染色体だ。大きな染色体変異により突然変異型のCXCR4遺伝子を失った細胞が出現したわけだ。この細胞が異常血液幹細胞を徐々に置き換えた結果、白血球の骨髄貯留などの症状が治ったことが明らかになった。この大きな染色体変異の原因をゲノム解析で調べた結果、第2染色体がいわゆるクロモスプリシスにより崩壊、再構成を経たと分かった。CSCR4を含む多くの遺伝子が失われ、クロモスプリシスを起こした血液幹細胞が骨髄では優勢になった。一見病気が治った状態が達成されたことを示している。著者らは、CXCR4遺伝子の量が半分になる方が、骨髄に居座って血液を作る能力が高いのではと見通しを立て、マウスを用いて証明している。女性で突然変異の遺伝子が失われるとともに、CSCR4の量が半分になり、骨髄に居座る力が高まった結果、最終的な治癒が起こったと考えられる。

同じ病気の人を治すヒントに

他の同じ病気の人の骨髄細胞の突然変異を例えば「クリスパー」を用いた遺伝子操作で除去すれば治せる可能性が生まれたことになる(東大も名を連ねる驚異の遺伝子操作技術、「クリスパー」を改造し全遺伝子オンオフ自在にを参照)。一方、今回報告された女性ではクロモスプリシスの結果、さまざまな遺伝子が同時に失われリンパ球が作れなくなっている。これほど大きな変化が起こると、今後他の問題が生まれる心配もある。今後の経過観察からさらに面白い話が聞ける可能性がある。リンパ組織形成に関わるこの分子の役割を研究してきた経験から言うと、この論文の解析はまだ不十分だ。リンパ球の状態を見ると、他の検査もしっかりやれば、この分子のさらなる重要性が明らかになるような気がする。不謹慎だが、人間の病気の奥の深さを思い知る論文だった。

文献情報
McDermott DH et al. Chromothriptic Cure of WHIM Syndrome.Cell. 2015 Feb 4.[Epub ahead of print]

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25662009

 

西川 伸一

執筆者:西川 伸一 氏
NPO法人AASJ代表理事 / 京都大学医学部名誉教授