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「もうちょう(虫垂炎)」は薬だけで治るか【NPO法人AASJ代表理事・京大医学部名誉教授 西川伸一】

心臓/胃腸 西川伸一 プロフェッショナル

「プロフェッショナル」では、第一線で活躍する医療関係者のコラムをお送りします。
今回は「連休企画」として、執筆者として参加する西川伸一氏(プロフィールは末尾)の2015年のコラムをご紹介しています。


私の年齢になると、虫垂炎(いわゆる、もうちょう)にかかった友人を病院に見舞うということはほとんどないが、学生の頃は見舞いに行くといえばほとんど虫垂炎だった記憶がある。

「もうちょう(虫垂炎)」は薬だけで治るか

多い虫垂炎

医学部に入ってからも虫垂炎の診断、鑑別診断、手術術式などは事細かに習ったような気がする。おそらく若者の発症率が高いということで、解剖実習が医学部入門コースに位置付けられるのと同じように、虫垂炎手術が外科医入門コースに位置付けられてきたのだろう。私の学生の時から現在まで、急性虫垂炎には手術というのが医学の常識だった。しかし虫垂炎も細菌感染だから抗生物質(抗菌薬)で治療するという考えも根強く続いていた。

抗生物質で大丈夫か

今回紹介するフィンランドからの論文は「虫垂炎には手術か抗生物質か?」に科学的な答えを出そうと計画された治験結果だ。6月16日号のJAMA(ジャマ)誌に掲載された。タイトルは「合併症を伴わない虫垂炎の治療は抗生物質か虫垂切除か?The APPAC無作為化臨床試験(Antibiotic Therapy vs Appendectomy for Treatment of Uncomplicated Acute Appendicitis: The APPAC Randomized Clinical Trial.)」だ。医師をやめてからは虫垂炎のことを考えたことはほとんどなく、今この問題が議論されているのを知って正直驚いた。

二手に分けて比較

論文を読むと、抗生物質の利用が始まった1956年から虫垂炎は抗生物質だけで治療できるか調べる臨床研究が行われていたようだ。中でも2006年から2011年にかけて3編の論文が発表されていたようだが、医療統計学から見たとき完全ではなく、最終的な結論を得るため今回の治験が計画されたようだ。しかしフィンランドでも虫垂炎は手術と考える人は多く、しかも急性疾患なので、無作為化して手術と抗生物質に振り分けるのは困難を極めたようだ。1379人から初めて、治験の条件にかない、同意が得られた方は結局530人に減っていた。これを無作為に外科手術273人、抗生物質257人に割り振り、1年間経過を調べることで評価するとともに、治療に伴い副作用などをもう一つの評価基準として調べている。

最初は抗生物質

結果だが、当然のことながら外科手術は99.6%の成功率だ。フィンランドでは約5%が腹腔鏡下の手術を受けている。一つ問題は、2人では結局虫垂に炎症が見られず、ある意味で誤診による手術が行われたことになる。抗生物質グループだが、15人は抗生物質投与のための入院中に痛みが収まらず手術を受けている。このうちの7人は手術をして合併症が併発していると分かっている。残りの72%はその後何もなく1年を過ごしているが、38%は1年以内に再発し、結局虫垂摘出を行っている。ただ、抗生物質治療から始めた結果、病状が重くなり手術が困難になったわけではない。この結果を総合すると、まず抗生物質で始めてから、2回目から手術に切り替えればいい。嫌がらなければ最初から手術すればよいという結論になる(これは私の解釈だが)。はっきり言って、どっちでもいいという結果だ。

気になる腸内細菌の影響

ただ少し気になったのは、今はやりの腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)への抗生物質の影響があまり考えられていないことだ。特に虫垂炎は成長期に多い。外科手術でも抗生物質は使うが、使用量は内科治療と比べると少ない。せっかく苦労して集め、理解を得られたのでもっと長期の追跡をしてほしいと思う。しかし、どんなに些細なことでも、科学的な結果を得るためにはこれほどの規模の研究が必要になる。科学にはやはり金がかかる。

文献情報

Salminen P et al.Antibiotic Therapy vs Appendectomy for Treatment of Uncomplicated Acute Appendicitis: The APPAC Randomized Clinical Trial.JAMA. 2015;313:2340-8. 

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26080338

 

西川 伸一

執筆者:西川 伸一 氏
NPO法人AASJ代表理事 / 京都大学医学部名誉教授