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「本当に最も恐ろしいがん」細胞分裂のときのエラーが一番怖い【NPO法人AASJ代表理事・京大医学部名誉教授 西川伸一】

「プロフェッショナル」では、第一線で活躍する医療関係者のコラムをお送りします。
今回は「連休企画」として、執筆者として参加する西川伸一氏(プロフィールは末尾)の2015年のコラムをご紹介しています。


ここで紹介した「がんの危険性は分裂回数で決まる」と言ってのけたボゲルスタイン(Vogelstein)らの論文は、あまりにも単純化していると真面目な先生方の批判の的になっているようだ。

「本当に最も恐ろしいがん」細胞分裂のときのエラーが一番怖い

複製のエラーとがん

ただ、岡崎フラグメントについての論文のところで紹介したように、複製のたびに、不正確なポリメラーゼαで複製した部分が残るとすれば、当然分裂が一番の危険因子になるのは間違いない(岡崎フラグメントと遺伝子変異(Natureオンライン版掲載論文) | AASJホームページを参照)。分裂というより、不可避な複製時のエラーががんの一番の原因になっている。

今回紹介するカナダ・トロントの小児病院からの論文は複製時のエラーを修復する分子に突然変異が起こった人のがんのゲノムを調べることで、複製時のエラーがいかに重大な問題かを示した研究だ。遺伝学の国際誌であるネイチャー・ジェネティクス誌オンライン版に掲載された。

タイトルは「エラー修復遺伝子の遺伝性と体細胞突然変異が組み合わさると超変異がんが急速に発生する(Combined hereditary and somatic mutations of replication error repair genes result in rapid onset of ultra-hypermutated cancers.)」だ。

複製のミスを直す仕組み

一つだけ予習が必要なのは、ミスマッチ修復という概念だ。岡崎フラグメントの論文のところで紹介したように、DNAポリメラーゼε(イプシロン)、δ(デルタ)による複製は正確だが、それでも間違うことがある。

DNAはアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)という4種類の塩基の並びでできている。AとT、CとGの対を作るように複製されていく。この対を作って複製するときに、間違って鋳型の核酸と本来対を作らない核酸がもう一方の鎖に来てしまうこともある。これがミスマッチだ。

普通はこのようなミスマッチはそれを見つけて正しい核酸に替える酵素で修復される。これがミスマッチ修復となる。

この酵素が両方の染色体で欠損すると複製時のエラーが増加すると予想できる。酵素のない人から例えばポリープを取ってゲノムを調べても突然変異が極端に増えていることはない。ミスマッチ修復を何重にも保証するメカニズムが備わっているからだ。

1回の複製で608個の突然変異

このような突然変異を持つ人の中に、極めて悪性の腫瘍が発生してくることがある。

この研究では、このような脳腫瘍17人のゲノムを調べ、突然変異の数を比べている。驚くべきことに10人で、100万塩基に平均250の突然変異という、膨大な数の突然変異が見つかった。

あまり突然変異のない残りの人と比べると、全てでDNA複製に関わるポリメラーゼεかδの突然変異が組み合わさっていると発見した。

生化学的に検証していくと、この突然変異により複製の不正確度が10倍以上に跳ね上がると明らかになった。

時間経過を追いながら組織を取ることのできた人で調べてみると、ポリメラーゼの突然変異が起こった途端にがんが悪性化し、突然変異の数が跳ね上がる。実際この人では、ポリメラーゼに突然変異が起こると、7万2354カ所で新しい突然変異が新たに蓄積している。実に1回の分裂で608個の突然変異が起こる凄まじさだ。

これまで細胞の増殖や細胞の生存に関わる遺伝子を発がんに重要な遺伝子として紹介してきたが、これを見ると複製メカニズムの異常が本当は最も恐ろしいと分かる。

がんをわずらった人を見ていると、ある時に急速にがんが増大するという経験をすることがある。今振り返ると、そんな時は複製メカニズムに破綻が生じていたのかもしれない。

最も恐ろしいがんを理解すると、心は重い。

関連情報

Shlien A et al. Combined hereditary and somatic mutations of replication error repair genes result in rapid onset of ultra-hypermutated cancers. Nat Genet. 2015 Feb 2. [Epub ahead of print]

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25642631

 

西川 伸一

執筆者:西川 伸一 氏
NPO法人AASJ代表理事 / 京都大学医学部名誉教授