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膵臓がんに抗がん剤をぶつける、開発中止の薬の思いがけない効果を生かす【NPO法人AASJ代表理事・京大医学部名誉教授 西川伸一】

「プロフェッショナル」では、第一線で活躍する医療関係者のコラムをお送りします。

今回は、執筆者として参加する西川伸一氏(プロフィールは末尾)の2015年のコラムをご紹介しています。


膵臓がんに抗がん剤をぶつける、開発中止の薬の思いがけない効果を生かす

薬剤の臨床効果を確かめる「治験」は第1相から3相まで、安全性、用量、効果、そして目標とする効果の達成について、対象とする人数を増やしながら進む。
撤退の後もあきらめられない
私自身には経験がないが、開発者にとって一番ハラハラするのが最終段階の第3相ではないだろうか。そこにまで至るすべての努力がこの段階にかかってくる。またこの段階に必要なコストは半端でない。その結果が「撤退」と決まった場合、あきらめるのは簡単でないはずだ。特にその薬剤にかけてきた研究者にとっては何とか復活の道を探りたいと思うはずだ。もちろん多くの企業の場合、上からの命令でこれは叶わないことが多いだろう。しかし大学となると、研究者の独立性が強く、復活の道を探ることはまれではない。

 

一度は撤退した抗がん剤

今回紹介するドイツ、ミュンヘン工科大学からの論文はそんな例だ。がん領域の専門誌、キャンサー・セル誌1月号に掲載された。タイトルは「血管新生を促進しながらもがんの増殖や進展を抑える2種類の薬剤作用を利用する治療法(Dual-action combination therapy enhances angiogenesis while reducing tumor growth and spread)」だ。このグループは、メルク社とともに血管新生に関わる「インテグリン」を邪魔して、血管を作らせないようにする化合物「シレンギチド」と呼ばれる分子の臨床応用を目指していたようだ。しかし、脳腫瘍の一種であるグリオーマの血管新生抑制を目指した治験の最後の第3相段階で目標が達成できず撤退が決定される。断腸の思いだっただろう。

 

血流を開く効果を活用する

だだ開発の中心は大学だったようで、簡単にあきらめず復活の道を探していたようだ。そして、シレンギチドの量を10分の1に減らして血管新生への効果を見ると、何と血管新生を増強することを発見した。そこで、膵臓がんの化学療法を助ける薬としてシレンギチドを使えないかという問題に方向転換した。膵臓がんでは、がんの周辺の組織で炎症を起こす「間質反応」が強いために抗がん剤が到達しにくい。がんへの血流を作り出す効果を活用しようというわけだ。ここを検証していった末に、この論文に至ったようだ。

 

良いことずくめの結果

研究ではシレンギチドにベラパミルという血管拡張薬を併用し、化学療法としては膵臓がんに最も使われているゲムシタビンを使って効果を見ている。詳細を全て省いて結果をまとめると次のようになる。(1)まず低用量のシレンギチドはがんの血管新生を増強するが、血管自体は成熟しておらず漏出性が高い(2)シレンギチド自体でがんの薬剤取り込みを増強する効果がある(3)がんになったマウスにシレンギチドを投与するとがん血管が増強してがんの増殖が増える(4)しかしこれにゲムシタビンを組み合わせると今度はがんの増殖がゲムシタビン投与だけよりはるかに抑制できる(5)抑制効果はべラパミルを合わせることで増強する(6)3剤併用の場合、もちろんがんの増殖や進展は抑制される。がんをより悪性化する低酸素状態を改善して、ゲムシタビンの取り込みをがんのある部位のみで増やし、間質反応を抑えて、転移も減らす。そうした良いことずくめの結果で終わっている。

 

期待を持って見ていると思う

マウスモデルとはいえ大きな期待を持てる結果だ。この結果でメルクが乗るかどうかは分からないが、第3相まで進んだ薬剤を10分の1用量で使えばよく、ベラパミルも既に臨床で使われている。大学の研究室が創薬に関わることの利点の一つは、そう簡単にあきらめないことだと思った。しかしこのグループにとってはまたハラハラする何年かが待っているのだろう。おそらくこれを知れば、がんを患う人は大きな期待を持って見ると思う。うまくいってほしい。

 

文献情報
Wong PP et al. Dual-Action Combination Therapy Enhances Angiogenesis while Reducing Tumor Growth and Spread. Cancer Cell. 2015;27:123-37.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25584895

 

西川 伸一

執筆者:西川 伸一 氏
NPO法人AASJ代表理事 / 京都大学医学部名誉教授