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ストレスがたまると胃がんになりやすくなる【NPO法人AASJ代表理事・京大医学部名誉教授 西川伸一】

「プロフェッショナル」では、第一線で活躍する医療関係者のコラムをお送りします。「春の特別企画」として、執筆者として参加する西川伸一氏(プロフィールは末尾)の過去のコラムを振り返ります。


ストレスがたまると胃がんになりやすくなる

胃の動きや胃液分泌を促しているのが「迷走神経」と呼ばれる神経だ。何かストレスを感じると胃にグッと来るのはこの神経の働きが関係している。

 

なぜ、がんになりやすい場所が?

ストレスで起こる胃や十二指腸の潰瘍などでこの神経を切ってしまうという治療が行われることがある。ただ、迷走神経が胃の幹細胞やがん細胞を促進するなど思ってもいなかった。

今回紹介するノルウェー科学技術大学と米国コロンビア大学からの論文は、この迷走神経が胃がんの発生や、その増殖を助けることを示した研究だ。サイエンス・トランスレーショナル・メディシン誌8月20日号に掲載された。

面白い研究は「当たり前」について疑問を抱くところから始まる。胃がんの8割は胃の「小湾(しょうわん)部」に発生する。湾曲している胃の内側を小湾部と呼び、外側を大湾(だいわん)部と呼ぶ。

今回の研究はなぜこの差が生まれるのかの疑問から始まっている。著者らは原因として、迷走神経が小湾部から胃に入ってくるためと疑った。

 

神経を切るとがんが減る

これを確かめるべく、マウスで迷走神経と胃の連結を断って、胃がんの発生やがん細胞の増殖に対する効果をまず調べている。

予想は正しく、迷走神経がないと、発がん率が低下し、またできてしまったがんの増殖も遅くなる。さらに、がんの化学療法の治療効果についても調べている。迷走神経切除の効果は絶大で、マウスの生存率が大幅に延長した。

実際のマウスの治療の面ではここまでで十分に示されたことになる。

 

直接胃がんを増やす

さらに、次に著者らはなぜ迷走神経ががんの増殖を促進するかのメカニズムも追求していく。迷走神経は胃の「上皮幹細胞」と呼ばれる細胞を直接刺激する。

ムスカリン受容体と呼ばれる神経本来の仕組みが働く。続いて幹細胞の増殖に必要な「wnt」と呼ばれる物質が出てくる。

結果として、自分で自分の増殖を促進し、発がんが促進されている。これまで神経細胞は幹細胞を支える周辺の細胞の方に作用すると見られていた。幹細胞の増殖を間接的に調整するのだ。

今回の研究では、神経が直接幹細胞に働きかけるルートが示された。幹細胞研究から見ても面白い。

 

人間の胃がんでも

では人間の胃がんでも同じことは起こっているのか。

これを確かめるため、胃がんの組織を調べると、確かに増殖速度の高いがんほど周りに迷走神経が集まってきている。ひょっとしたら、がんの方も神経に働きかけて自分の増殖に都合の良い環境を作っているのかもしれない。

さらに、胃切除部に再発してくる胃がんの発生頻度を、過去のデータに基づいて迷走神経を切除したグループと、切除していないグループで比べている。

迷走神経を切除したグループでは小湾部のがんの再発が強く抑制されていると示されている。

現場の疑問から、基礎研究、そして再度、現場の研究に戻るという優れた研究だ。さらにムスカリン受容体を抑制するとがんの進行を抑制できるという治療可能性も浮かび上がらせている。

基礎的な研究を現場につなげていく「トランスレーショナル研究」の手本だろう。しかし、今回の研究が正しいならば、ストレスがたまり迷走神経が働きやすくなると、がんを助けていることになる。気をつけたい。

 

西川 伸一

執筆者:西川 伸一 氏
NPO法人AASJ代表理事 / 京都大学医学部名誉教授